これは、かっつんの人生を赤裸々に語ったストーリーです。
前回のお話はこちら
↓ ↓ ↓
大方の予想を裏切り、国立大学に進学した僕に待っていたものは、今までのバスケ人生とは全く違った世界だった。
目次
大学入学、待っていたのは自由な生活だった
バスケ生活の高校生活から一転、受験を乗り越え、国立大学へと進学を決めた。
大学に進学し、1人暮らしをしてからというもの、今までにない自由な生活にとても満足していた。
部活動見学では、医学部と教育学部のバスケ部を覗いて、勧誘を受けた。
大学リーグに所属している教育学部のバスケ部に入部を決めたが、これまでのようにハードなバスケではなく、真剣だけど楽なバスケットという環境に初めは慣れなかった。
「ここにはバスケをやりにきている人は一人もいないんだ」
そういう考えが、どこか心地のいいものになっていた。
部活をやりながらもギャンブルを覚え、パチンコ・パチスロに時間をつぶすようになった。
バイトもやっていたが、本気になるとパチンコの方が稼げると知り、一時はパチンコで生活費を稼いでいたこともあった。
彼女もでき、とても快適な生活を送っていた。
授業は自由に時間割を決められるし、好きな時間に働き、好きな時間を好きなように楽しめる。
この環境は、僕がこれまで歩んでいた人生とは全く違く、いつまでもこの時間が続けばいいのにと本気で思っていた。
そんな日々を過ごしていたとき、とあるアイドルにハマった。
それをきっかけに僕の大学生活はお金という面でどんどん苦しむことになった。
ハマったアイドル。費やした金と時間。
僕はどんどんアイドルにハマっていった。
アイドル話をするのがとても楽しく、アイドルに覚えてもらえることに喜びを感じていた。
能力が低いと思われたくないと日々思っている僕にとって、アイドルで承認欲求を満たすのは必然の流れだったのかもしれない。
アイドルにハマっていった結果、当時の彼女からはフラれ、お金をどんどん使うようになっていった。
それまで余裕があったお金はなくなっていき、気づけば底をついていた。
お金がない現実と国立大学に受かったという学歴、2つのコンプレックスから
『人よりも稼ぎたい』
という想いが強くなりネットビジネスというものにたどり着いた。
『働かずに稼ぐ』
そんなことがありえるのかと最初は信じがたく、夢のような話だった。
しかし、その夢を現実にしようと決断した出来事が起こったのだった。
順調に来ていたなかで、まさかの国試浪人
アイドルにハマりながらも大学生活は割と順調だった。
お金はないものの、単位を落とすことなく、卒業論文も器用にやり、実習中もアイドル現場に行くという無謀なことをやりながら、なんとか卒業を決めた。
しかし、ネット副業に興味があった僕は就職が決まったのにもかかわらず国家試験の勉強をする気にはならなかった。
ようやくスイッチが入ったのは、国家試験の2週間前のことだった。
結果は、3点足りずに不合格。
国試浪人することになった。
自分が悪いにも関わらず、せっかく信用されて就職を決めたのがダメになったことや学力コンプレックスと能力コンプレックス、お金のコンプレックスからド派手に落ち込み、卒業旅行すら拒否した。
卒業式の後、親に連絡をとり
「国家試験は落ちてしまった。ごめん。一度実家に帰るね。」
そう言って実家に帰ることを決めた。
友人とのやり取りもなくして、実家に帰って、なにもすることなく、過ごしていた。
クレジットカードの残高はすでに0。
毎月支払いに追われていた。
支払はしなくてはいけないため、日雇いのバイトをして過ごした。
毎日がやる気もなく、辛かった。
でも、アイドルを見ているときは全てを忘れられる。
アイドルだけが、心のよりどころになっていた。
まるで、薬物中毒のように、僕はアイドル現場に通い続けた。
ある程度時間がたって、この機会にネットビジネスの勉強をしようと思い、せどりを始めた。
結果、やり方が悪かったこと、起業センスが低かったこと、その他いろいろなことが重なり、失敗。
残ったのは、クレジットカードに残るリボ払いの額だけ。
絶望していた。
それもこれも全部自分が悪いのはわかっていた。
心も身体も疲れていたころ、いつ登録したかもわからないメルマガからセミナーの情報が来ていた。
その時に出会ったのが、次世代起業家・経営者アカデミーのプレミアムメンバーシップだった。
わらにもすがる想いで登録し、どうにか日雇いバイトを続けて、少しずつお金を支払い、コンテンツを消化していった。
国家試験が近づき、とりあえずコンテンツを消化するための資金を得るために、就職することにした。
結果は合格。
地元のスポーツ整形外科に理学療法士として就職することになった。
就職。しかし感じる周りとのレベルの差。
スポーツ整形での就職が決まり、初めてながらもきちんと業務をこなしていった。
高校の時の先生から
「うちでトレーナーをやってくれ」
と頼まれ、バスケ部のトレーナーをやることにもなった。
そこでも、未経験ながらさまざまなことを教えることができ、バスケの知識と身体の知識が相まって、生徒たちと良い関係をつくることができた。
今までの生活と比べれば、とても満足な生活だった。
普通の人からしたら、やりがいや環境の良さに、順風満帆な生活をうらやましがられるほどだっただろう。
しかし、僕はこの環境が嫌になっていた。
就職をして、理学療法士として働いていたときに最初に感じたのは、周りとの学力の差だった。
一度国家試験浪人したとはいえ、僕は国立大出身。
周りからしたら、レベルが違うと感じた。
いや、そう思うようにしていた。
レポートを提出しても、
「こんなにいいレポート書いてくるの?君本当に1年目?」
と医者に言われるほど。
大学のときの感覚でやったことが全部褒められる。
学力の差に、僕は引いてしまった。
『レベルが低い…』
そう思ったのは、おそらく学力の差ではなく、コンプレックスのせいだろう。
『スポーツ整形に就職してもこんなもんか』
と思っていた。
高校の時から夢見ていた理学療法士だが、この環境に不満を訴えることが多くなった。
「早く独立して稼ぎたい」
そう思った僕はそそくさとプレミアムメンバーシップのコンテンツを消化していった。
衝撃の労働形態。ここは宗教か?
あこがれていたはずのスポーツ整形での労働は思っていたものと違っていた。
朝7時半に家を出て、8時に出勤し、掃除をして、朝礼。
ここまでは普通。
しかし、朝礼では全員整列をして、経営理念を唱和する。
「…ここは宗教か?」
そう思わざるを得ない環境だった。
午前は12時45分まで、午後は14時半からまた掃除。
業務が終わるのは20時15分。
帰宅するのは20時45分。
拘束時間は7時半~20時45分までの13時間ちょっと。
給料は手取りで19万円。
最初のボーナスは12月までもらえなかった。
いざもらったボーナスは15万円程度。
衝撃的だった。
何より嫌だったのは、宗教じみた労働環境だ。
僕は理学療法士。
患者を治すことが仕事のはずだ。
しかし、その整形外科で求められたのは、
・物品をきちんと管理することと
・きれいに掃除をすること
の2つだった。
患者は診るけれど、別に治さなくてもいい。
それより、きれいにすることを優先しろ。
そういう環境だった。
労働だけで12時間拘束、手取り19万、宗教じみた環境、知識レベルの低さ、嫌な上司、人間関係
そういった様々なことが重なって、結局僕は1年で辞めることにした。
『近いうちに辞めよう…』
そう心に決めたとき、ちょうどプレミアムメンバーシップのコンテンツを消化し終えた僕は、独立をしたいと思うようになっていた。
「理学療法士という仕事は好きだし、結果も出せる。なら独立してしまおう。」
そんな思いから、出張整体を始めた。
僕を信用してくれている患者さんや周りの助けもあり、働きながら出張整体をして3万円稼ぐことができた。
「これはイケる」
という感覚になり、整体を作ることを決めた。
まさかこれが、これから起こる不幸の始まりだと知りもせずに…
…続く
続きはこちらから
↓↓↓